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名古屋地方裁判所 昭和36年(レ)63号 判決

控訴人 繁野保

被控訴人 鵜飼光雄

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

(当事者双方の申立)

訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

(当事者双方の事実上の主張)

一、被控訴代理人は、名古屋市北区清水町八丁目五十三番地所在木造瓦葺平家建店舗八坪三合(以下本件建物と略称する。)は被控訴人の所有に属するものであるところ、控訴人は右建物を占有している。よつて、被控訴人は、控訴人に対し右建物の明渡を求めるため本訴に及んだと述べ、控訴人の抗弁事実中被控訴人主張の日時に本件建物を訴外高槻千代子に賃貸したこと、及びその後高槻が右賃借権を控訴人に譲渡し、被控訴人が右賃借権の譲渡を承諾したことを認め、爾余の点を否認し、再抗弁として、

(一)  本件建物は独立した建物ではなく、被控訴人方店舗を間仕切りしたコンクリート土間であつて、その構造上店舗専用のものであり、住居に使用し得ないものであるから、被控訴人は右高槻と前記賃貸借契約を締結するに当り本件建物は店舗にのみ使用し、住居には使用しないことを約した。しかるに、控訴人は右約旨に反し昭和三十五年五月頃訴外小笠原明光及びその妻ふみ子を本件建物に居住させて住居に使用するに至つたので、被控訴人は同年六月上旬控訴人に対し小笠原夫婦を退去せしめるよう催告した。

(二)  仮に右事実が認められないとするならば控訴人は被控訴人に無断で本件建物を小笠原夫婦に転貸したので、被控訴人は同年七月初旬控訴人に対し、小笠原夫婦を十日以内に本件建物から退去せしめるよう催告し、もしこれが退去をなさしめないときは右用法違反、無断転貸の故を以て賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなしたが、控訴人がこれに応じなかつたので、本件建物についての賃貸借は遅くとも同年七月二十日契約解除の効力を生じた。仮に右条件附解除の意思表示が認められないとしても、被控訴人は同年八月二十七日控訴人に到達した本件訴状を以て右賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなしたものであると述べ、控訴人主張の再々抗弁事実中控訴人が小笠原夫婦を同年八月二十四日本件建物から退去させたことは認め、その余の事実を否認した。

二、控訴代理人は、被控訴人の請求原因たる事実をすべて認め、抗弁として、(一)控訴人は昭和三十四年三月十五日被控訴人から本件建物を賃借した。(二)仮に右主張事実が認められないならば、被控訴人は右日時に訴外高槻千代子に本件建物を賃貸したのであるが、控訴人はその後高槻から右賃借権の譲渡を受け、且つ同年九月一日被控訴人から右賃借権の譲渡につき承諾を得て本件建物を占有しているものであると述べ、被控訴人の再抗弁事実につき、控訴人が昭和三十五年六月頃訴外小笠原明光及びその妻ふみ子を本件建物に居住させたことは認めるが、その余の事実は否認する。すなわち被控訴人は高槻に本件建物を賃貸するに際し、本件建物を菓子小売の店舗に使用するほか、店員二名を居住させることを許した。しかして、前記小笠原夫婦はいずれも控訴人が本件建物において営業する菓子店に店員として雇われていたものである。と述べ、再々抗弁として、(一)仮に被控訴人主張の如き用法を制限する約定がなされたとしても、被控訴人は昭和三十五年六月頃控訴人に対し右小笠原夫婦を本件建物に居住させることを承諾した。(二)控訴人は被控訴人が賃貸借契約解除の意思表示をする以前の昭和三十五年八月二十四日小笠原夫婦を本件建物から退去させたから被控訴人の主張する解除権は消滅したものというべきである。なお、右小笠原夫婦の居住によつて被控訴人に対し損害を生じたとするならば、控訴人はかねて被控訴人に対し、これが賠償として毎月五百円を提供する旨申出ているのであると述べた。

(証拠関係)〈省略〉

理由

一、本件建物が被控訴人の所有に属すること、控訴人が右建物を占有していることは当事者間に争いがない。

二、控訴人の抗弁中、本件建物について昭和三十四年三月十五日被控訴人と控訴人間に賃貸借契約が締結されたとの点について、成立に争のない甲第三号証(家屋賃貸借契約証書)には控訴人が昭和三十四年三月十五日被控訴人から本件建物を賃借期間を五年とし、賃料は一ケ月四千円、毎月末日限り翌月分を支払うとの約定で賃借し、右契約を明確にするため同書面を作成する旨記載されているけれども、原審証人高槻千代子の証言により真正に成立したものと認められる甲第二号証、原審証人高槻千代子の証言の一部、同吉田哲二の証言、原審及び当審証人高槻隆次の証言の一部、原審における被控訴法定代理人鵜飼忠夫、同鵜飼ちゑ子(第一、二回)各尋問の結果によれば、訴外高槻千代子は昭和三十四年三月十五日被控訴人から本件建物を賃借期間を五年とし、賃料は一ケ月金四千円、毎月末日限り翌月分を支払うこととの約定で賃借し、右建物において菓子小売店を経営していたが、その後同業者である控訴人に本件建物の賃借権を譲渡し、これにつき右高槻が保証人となることを条件として被控訴人の承諾を得、これを明確にするため同年九月一日頃成立に争のない甲第一号証及び前記甲第三号証を作成したこと、その際賃貸借期間を高槻に賃貸した期間の残存期間とするため、甲第三号証の作成日付を高槻が賃借した日である同年三月十五日と記載したことが認められる。

しこうして、右認定事実によれば、後記当事者間に争のない事実の如く控訴人は高槻から本件建物の賃借権の譲渡を受け、これにつき被控訴人の承諾を得たものと認定するを相当とし、右甲第三号証を以てしては、被控訴人と控訴人間に直接賃貸借契約が締結されたとの事実を認めることができず、他にこれを認むべき証拠はない。

三、次に、控訴人が予備的に主張する被控訴人が昭和三十四年三月十五日高槻千代子に本件建物を賃貸したところ、その後高槻が控訴人に対し右賃借権を譲渡し、被控訴人が同年九月一日右賃借権の譲渡を承諾したとの事実は当事者間に争いがない。

四、被控訴人主張の用法制限違反を理由とする解除の点について。

(一)  前記甲第二号証、原審証人高槻千代子の証言の一部、同吉田哲二の証言、原審及び当審証人高槻隆次の証言の一部、原審における被控訴法定代理人鵜飼ちゑ子(第一回)、原審及び当審における被控訴法定代理人鵜飼忠夫の各尋問の結果によれば、本件建物は元来被控訴人方家屋のコンクリート土間の部分を間仕切りしたものであつて、高槻が被控訴人から本件建物を賃借した当時においては本件建物はコンクリート土間の部分のみで住居に供し得る部屋等の施設はなく、従つてここに宿泊することはできなかつたのであり、被控訴人と高槻間において本件建物を菓子小売店にのみ使用することを目的として賃貸借契約を締結したことが認められる。しかして原審における被控訴法定代理人鵜飼ちゑ子(第一回)、原審及び当審における被控訴法定代理人鵜飼忠夫の各尋問の結果並びに原審における検証の結果によれば、高槻は本件建物を賃借した後間もなく、本件建物がコンクリート土間の部分のみであるため、本件建物における菓子小売の業務に従事する者が休憩乃至食事をするにも不便をきたしていることを考慮し、休憩室を作ることを許容されたい旨被控訴法定代理人鵜飼忠夫に懇請し、その承諾を受け、本件建物内の南隅に畳敷の三畳間の部屋を作るに至つたことが認められる。原審証人高槻千代子、同高槻隆次は、右三畳の部屋は高槻千代子及びその家族が自宅から本件建物に通勤するに不便であつたので二人位の者が居住できるようにするため作つたもので、被控訴法定代理人に対してその旨申出で、その承諾を受け、高槻千代子及びその家族はしばしば右部屋に宿泊した旨各供述するけれども、原審及び当審証人高槻隆次の証言の一部によれば、高槻が本件建物につき賃貸借契約を結んだ当時、同人は守山市に住居を有し、同所で家族と生活し、且つ菓子製造業を経営し、その傍ら妻千代子をして本件建物において通勤にて菓子販売業を経営させていたこと、本件建物には三畳間の部屋を作つたのみで、押入、便所、水道、ガス等の設備もなく、便所は被控訴人方のものを利用し、水道は約二ケ月後、ガスは半年後に漸く引いたものであること、高槻が本件建物において菓子小売業に従事していた間店員は雇傭せず、高槻千代子がほとんど一人で経営に当つていたこと等が認められ、前記認定の如く本件建物は当初店舗にのみ使用することを目的として賃貸借契約を締結したものであり、右三畳の部屋が作られたのは右契約締結後間もなくであつて、右認定事実に照らしてその間に高槻において特に自己自身、家族、若しくは店員をして本件建物に居住させる必要性が生じたとは認め難く、且つ右部屋の構造設備の程度に鑑み右三畳間を住居に供するために作つたものとは認められないことに照らし、右各証言はにわかにこれを措信することができない。もつとも右各証言によれば、前記部屋が作られた後、前記菓子小売業に従事していた高槻千代子またはその家族が右部屋に宿泊したことが認められるけれども、原審及び当審における被控訴法定代理人鵜飼忠夫の尋問の結果によれば、高槻千代子またはその家族は常時右部屋に宿泊していたわけではなく、しかも宿泊する都度被控訴法定代理人等にその旨了解を得て宿泊していた事実が認められ、右認定に反する右高槻千代子、高槻隆次の供述部分はこれを措信することができない。以上の認定によれば本件建物内に三畳の部屋を作つたことを以て一般的に本件建物を居住のために使用することを許容されるに至つたものと解することはできないといわねばならない。

また、原審及び当審証人高槻隆次、原審及び当審における控訴本人は、控訴人は被控訴人から本件建物の賃借権の譲渡につき承諾を得た際、本件建物に店員二名を居住させることについても承諾を受けた旨各供述するけれども、右各供述は原審における被控訴法定代理人鵜飼ちゑ子の尋問(第一、二回)、原審及び当審における被控訴法定代理人鵜飼忠夫の尋問の結果に対比してにわかに措信することができない。もつとも当審証人高槻隆次の証言の一部、原審における被控訴法定代理人鵜飼ちゑ子の尋問の結果(第一回、第二回)によれば、被控訴法定代理人等が前記賃借権の譲渡を承諾する数日前、訴外小林某女を伴つた高槻千代子から同人の経営する前記菓子店に勤務する女子店員として右小林某女を本件建物に居住させることを承諾されたい旨懇請されてこれを承諾し、控訴人が被控訴人から承諾を受けて本件建物で菓子小売店を経営するようになつてからも、右店員が引き続き本件建物に居住して控訴人の営業に従事していたことが認められるけれども、右証拠によれば、右女子店員は元来控訴人の雇人であつて、控訴人が訴外高槻千代子から本件家屋の賃借権を譲り受けて菓子業を営むに先立ち高槻方に営業見習として本件建物において経営する菓子小売店に出向させていたものであるが、被控訴法定代理人等は右事情を知悉せず、高槻から右店員の居住について強く懇請され、しかも当時既に同店員が本件建物に宿泊していたこと及び同店員が本件建物に通勤するに不便な遠隔地の者であつたこと等を考慮して、同店員に限り本件建物に居住することを認めたものであることが推認されるので、前記認定事実を以て直ちに被控訴人が一般的に本件建物を住居として使用することを認めるに至つたものとすることはできない。

(二)  右認定により明らかな如く、高槻千代子から本件建物の賃借権の譲渡を受けた控訴人も高槻と同様被控訴人に対し本件建物を店舗としてのみ使用すべき義務を負つているところ、控訴人が昭和三十五年六月頃訴外小笠原明光及びその妻ふみ子を本件建物に居住させたことは当事者間に争いがない。

しかるところ控訴人は昭和三十五年六月頃小笠原夫婦を本件家屋に居住させるについて被控訴人の承諾を得たと抗弁するが、本件全証拠によるも右抗弁事実を認めることはできない。ただ原審及び当審証人高槻隆次の証言及びいずれも原審における控訴人本人、被控訴法定代理人鵜飼ちゑ子(第二回)各尋問の結果によれば、前記小林某女が控訴人方店舗の店員を罷めた後控訴人が右小笠原夫婦を住込店員として本件建物に居住せしめたので、被控訴法定代理人等は昭和三十五年六月上旬訴外高槻隆次を介して控訴人に対し右小笠原夫婦を本件建物から退去させるよう請求したところ、控訴人より右両名を本件建物に居住させることを許されたい旨強く懇請されたので、本件建物の賃料を一ケ月金四千五百円に値上げすることを条件に小笠原夫婦の居住を認める旨控訴人に対し回答をなすとともに、改めて右小笠原以外の住み込みを禁ずる旨の条項を加えた契約書に押印を求めたところ、控訴人においてこれを拒否したため、小笠原夫婦の居住を承諾するまでに至らなかつたことが認められるに過ぎない。

(三)  しかして被控訴人は昭和三十五年七月初旬控訴人に対し条件附契約解除の意思表示をしたと主張し、当審において被控訴法定代理人鵜飼忠夫は右主張に符合するが如き供述をしているけれども、原審及び当審における控訴本人、同高槻隆次の各供述及び弁論の全趣旨に照らしたやすく信用することができず、他に右事実を認めるに足る証拠はない。

しかしながら被控訴人が予備的に主張する被控訴人が本件訴状を以て控訴人に対し前記用法違反を理由として賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、右訴状が昭和三十五年八月二十七日控訴人に送達されたことは本件記録によつて明白であり、被控訴法定代理人等がこれより先同年六月上旬控訴人に対し小笠原夫婦を本件建物から退居せしめるよう催告したことは前段認定のとおりであるから、右催告と訴状送達による契約解除との間に相当の期間を経過していることはいうまでもない。

(四)  以上は要するに、控訴人が本件建物を店舗にのみ使用すべき義務に違反して小笠原夫婦を居住せしめたので、被控訴人においてこれを退去せしめるよう催告し、その後相当の期間を経過して契約解除の意思表示をした訳であるが、飜つて考察するに、被控訴人が契約解除の意思表示をする以前である昭和三十五年八月二十四日控訴人が小笠原夫婦を本件建物から退去させたことは当事者間に争いがないから、結局被控訴人の用法違反を理由とする解除権は小笠原夫婦の退居と同時に消滅し、従つてその後になされた被控訴人の解除の意思表示はこれが効力を発生する由ないものといわなければならない。この点に関し原判決は「解除権が発生した後これを消滅せしめるためには本来の債務の履行をなすとともに債務不履行により相手方の受けた損害の賠償をも併せて提供しなければならないところ、被告が前記債務不履行により原告に与えた損害を賠償したとの点については何等の主張も立証もなされていないから、原告の解除権が消滅したものということはできず」としているけれども、右見解は履行遅滞を理由とする解除の場合に将に妥当し、かかる場合には債務者が債務の本旨に従う履行を提供し且つ遅延に因る賠償をも併せ提供して始めて解除権は消滅するに至るものと謂い得べきであるが、本件の如き用法違反を理由とする解除の場合には住居に使用することをやめて用法違反に該当する事実を解消せしめれば足り、他に用法違反による損害が明確に認識し得られる場合はともかく、そうでない場合に何らかの損害を探索しこれが賠償を為すべき義務を課すことは妥当ではなく、むしろ、用法違反自体の解消によつては回復せられないその他の損害の発生については解除権消滅を阻止すべき事由としてこれを主張すべきものに主張立証責任を負わせるを妥当とする。しかも本件の如き継続的債権債務関係においては、その関係を継続させることが妥当でないと解せられる程度の債務不履行を要件として解除を認め、軽徴な事由によつては解除を認めるべきではないと解すべきところ、本件事案においては用法違反自体を解消せしめたほか、同用法違反による損害の賠償を併せ提供しなければ本件建物の継続的債権債務関係を継続させることが妥当でないといえる程度の損害の発生は本件全証拠によるも窺い得ないのである。

(五)  被控訴人主張の無断転貸を理由とする解除の点について。

原審及び当審証人高槻隆次の証言(前記措信しない部分を除く)、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果(前記措信しない部分を除く)によれば、小笠原夫婦は控訴人が本件建物において経営する菓子小売店の店員として雇われて本件建物に居住していたものであつて、小笠原夫婦は控訴人の営業上の補助者であつて独立の占有を有せず、控訴人が小笠原夫婦をして本件家屋に住み込ませて営業の手伝をさせることにより本件家屋を使用収益せしめたとして、民法第六百十二条に規定する転貸には該らないものと解すべきであつて、これをもつて解除の理由とすることはできないというべきであるから、爾余の点について判断するまでもなく無断転貸を理由とする解除の主張を採用するに由ないところである。

(六)  以上の次第で、控訴人は今なお存続する賃借権に基いて本件建物を占有するのであるから、被控訴人の請求を認容した原判決は失当としてこれを取消し、被控訴人の請求はこれを棄却すべく、民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小淵連 竪山真一 朝岡智幸)

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